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空見鳥 ・・・そらみどり・・・

まどろみから醒めて、鳥はまた空へ唄う。

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エン

Author:エン
まっさかさまに、さかさま。
さがしものは、すきなもの。

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閉塞感、ととらえるものもの

2012.09.29

category : いま、思うこと


言語化したい。
数日前から、頭の隅に浮かんできた感覚。
最初は、写真と共に日々の記録をひとことふたこと、残す場所があればいいか、と
考えていたけれど、手元にないと、浮かんできた言葉はすり抜けていく。

今日は久々に休みで、自分であれこれ動こうとしたので、ここの存在を思い出した。

記録として、残しておきたいこと。

私は「コトバ」に頼る人間だ。
はなしことばを使う時も、筋道を立てて話すのが、どうやら好きらしい。
「理論的に」話す、とはよく言われる。

ただし、話している私自身は「感情的」な人間だと自分で思っている。
感覚で捉えているものを、自分で何だ?と思って、「コトバ」に変えていることが、よくある。
それが「コトバ」にならない時、自分では把握していない気持ちが
「思っていることがよく顔に出る」ようになっていることが、よくあるらしい。人に、時に指摘されるから。

「感情的」なひとが「理論的」に話すと、どうなるか。

イライラした気持ちを、矢継ぎ早に伝えることになる。
それは傍から見ていてとても、見苦しいのではないだろうか?

というか、自分で思っていて、とても、いやだ。

では、どうするか。
ひとつは、自衛。話さない、という選択。
ひとつが、訓練。感情をそのまま、出さないということ。
気持ちは反射だし、なくせとは思わない。でも、それを表面化しない、訓練はやってみる価値はあると思う。

最後に、「おとしどころ」を見つける。
今までの自分がやってきたことと、すこし、ずれたことをしてみよう。
真に受けない。他の人をみてみる。
全てにすべて、自分の感想や反応を返す必要はない。

私は私が「やりたい」気持ちを最優先しよう。
それを叶えるために、何をするとうまくいくのか。

そうするとたぶん、周囲の人との関わり方は、変わっていくと思う。
円滑な人間関係を築くために、何をすればいいか、という考え方。
今までもふわふわ、考えていたけれど、もう少し、実践的に。

誰かにお願いをしたいとき、また、私がやりたいことをやるとき、気持ちよくいいよ、と言ってもらえるような。
私も私で、言えるような、関係を築きたい。

そのために、日々、できることを増やしたい。
自分を、育てたい。

目の前にある閉塞感は、ずっと感じているものだ。
これに、さよならをする努力を、今から始める。
痛みや諦めはつきまとうだろうけれど、とにかく、今は、はじめる。

わたしは、わたしを、育てたい。

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こぼれた、思索のかけら。

2012.06.06

category : 日々


継続は力なり、というのはあらゆる意味を含んだ、単純な言葉。



ことばをつづる、と決めてから、意識的に変動はあるものの、
実際にここに来るまでに間が空いてしまった。

習慣化は大事な半面、いままで出来ていないことだから、定着が難しい。
諦めず、トライを続けるしか、ないのだけれど。
続けるための方法は何だろう。

常に手元につづれる道具があること、書き込むための時間をつくること。
この2つかな。

優先順位のつけ方は、相変わらず、下手だと感じているけれど。
やるしかない。



つれづれなるまま、今日考えていたことを。

・電話に対して。
家にあった固定電話、現在の携帯電話。そこから見える、人の抑止力の話。
・基本、習得、応用。
最初のテーマは「料理」だった。
今日、肉じゃがを作った。参考にしたのはマンガ。書かれた通りに作ったら、なかなか食べれるものができた。
基本はできたから、次は何をどうしたら短縮して、中身を変えたらおいしいかを考えていた。

そこで、料理の基礎から習えたらいい、と思った。
小中学校の家庭科、調理実習は、たぶん、こういった考え方の根本を担っていた。おしいことをしたな。
(余談だけれど、大人になってから、いい教育を受けていたのに身にならなくておしいことをした、
と感じることが増えた。真剣さが、たぶん、いまのほうが増している。生活がかかわるから。)

基礎ができていれば、いろいろ応用ができる。
基礎が無いままやっているから、ひとつの料理だけ。点だけで、線にも面にも発展しない。
もったいない、と思った。

明日、図書館でもどこでも、料理の本を借りてこようかな。
今日参考にした漫画の料理は一通り、作れるようになれたらいい。
頬にできるニキビは食生活のみだれ、あごはホルモンバランス、ひたいはストレスと寝不足から
出来るから、今は食生活か。なら、野菜でスムージーでも作るか。

つらつら、考えていて、結果。
基礎、習得、応用は、何についても同じだな、と結論が出た。
継続して、続けることも。続けていかなければ、得たものも何も活きない。

すこし、背筋が凍った。

・フィンランドと英語が気になる。
気になっているからか、とても、目につく。これは方向が向かっている、ということでもある。
何かしら、関わっていきたい。
ことばを話せるように。

・体力をつける、ことが目的だけれども、楽しみがない・ゴールがないと、私は動き出さない、と今日結論が出た。
マラソン大会に出ようか。それとも、何かライセンスをとろうか。
目的のために、なにかしらゴールを用意し、それを過程としたい。
沖縄かな。



ぽろり、ぽろり、こぼれた思索のかけら。
思索、にもならず、示唆ばかりを。

はじめなければ、示唆ばかり。
私はいつも、こぼれたものばかりしにして、実際に行う気も、行うこともしない。
そしていつも、後になってこぼれた示唆を見返して、あぁ、しまったな、と思うのだ。

記していて改めて、そうだなぁと思った。
具体的な行動が、何も出てこない物事。とても、もったいない。
動かなければ今、自身の芯はみえてこない

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かたりはじめ

2012.06.02

category : 日々


2012年6月のテーマ。

ことばを発する、ことに向き合おう。

だいぶ時間がたったけれど、変わらずに存在する場所があるから、
ここに戻ってくることにした。

誰かに語る、ことを意識する。
精度ではなく、言葉を発する、ということを意識する。

大切にしたいのは、上記2つ。

記述のホームはここ、だけれども、ほかの場所でことばを発したならば、
それは、自分の中ではつながっている。ということにする。

さぁ、かたりはじめ。

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『私の男』

2010.02.04

category : 考察。

メモ。

『私の男』 桜庭一樹著

『私の男』は反転と交錯を繰返す物語である。
「2008年6月 花と、ふるいカメラ」より始まり「1993年7月 花と、嵐」によって終わる物語は、終わると同時に始まりへ戻っていく。これは、花で始まった語りが、花により終わることからも窺える。登場人物個人のことばにより展開されるそれぞれの章は、他者が語ることで物語の様々な部位に光を当てているようにも思える。物語は広がりを見せるようにも思える。が、語り始めた「花」が、最終章を語ることで、物語は収束し、終わる。
また、冒頭「花と、ふるいカメラ」で、花と淳悟は娘と父、または年上の男と年下の女として登場する。これは、花が「おとうさん」淳悟が「花」と互いを繰り返し呼ぶことからもわかる。
が、物語が進むにつれて、これは反転を繰返す。時代が逆行するほどに、彼らは「娘と父」から「母と息子」、または「年上の女と年下の男」としての役割を担う。これは、外見年齢とは反比例するため、一見納得がいかない。が、彼ら2人だけの世界では成立している。常識では測れないこの部分が、「おかしくなった」「動物の親子」として表現なされている。冒頭「花と、ふるいカメラ」では動物の親子はいつまでも一緒に居られない、として扱われる。
これは、花が結婚を決めたことが大きい。それまで社会的な関わりを絶ってきた花が、常識や社会の象徴である「家」へ入ることで、彼ら2人の世界の常識が通用しなくなるためである。これは、「骨になっても一緒になれない」という表現からも、わかる。
では、彼らを絶つ具体的な原因は、何か。それは殺人である。花が老人を殺したため、花は自身が「母」としての立場を奪われた。庇護するものから、庇護されるべきものへと変換されるのである。が、これは淳悟が男を殺すことにより、庇護される/されないの立場が崩れることにより、再び反転する。
また、この時期より花は庇護されるべき子供から、成人した女性へと変貌する。これにより、男と女はそれぞれのスタンスを精神的にも身体的にも変換していかざる終えなくなる。
殺人の要因となるものは、なにか。カメラである。物質である。


「どうしても離れない」の一文にて終了する。これは、何を指し示しているのだろうか。

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ただ、ただ。

2009.09.24

category : いま、思うこと


高速で過ぎていく日常を、わかっていながらとめられない。
だからこそ、速度が緩むときは、
せめてぎゅっと、時間を抱きしめる。

「藝術の秋」だからと、引きこもりがちな自身を無理やり外へ追い出して、
動いて見た。

初、銀座。銀ブラデビューです。笑

最初は歌舞伎。
廻る舞台、噂と実態の違いを体感。
4階席まで上がるのはしんどいけれど、あれはあれで味が有る。
人によっては慣れていて、コンビニで買い物した荷物を手にもってスタスタ上がっていく。
それもいい。

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けれど、近づく終り。
それまでにまた、いきたいなぁ。

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見てきた竜馬。染五郎登場での拍手。いいねぇ。
この看板自体も、とてもすき。

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銀ブラ。相田みつを美術館。
人生を、勉強して経験して生きた人の言葉は尊い。
いままで、結構誤解していたなぁと反省。

無意識に、書つながりで芭蕉の展覧会へも。
しかし、芭蕉よりも仙さんの書に惹かれた。江戸時代にもいたのか、こういう人。
ちょっと、嬉しくなる。真摯だからこそ笑わせてくれる、職人をみた。


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つい食べちゃう。これ、好き。


ただただ、いろんなものを飲み込んだ1日。
本当に飲み込めているのかすら今はわからないけれど、それでも、動いたという事実にすがる。

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